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富士宮にある若獅子神社で帰還した戦車を見て戦争や平和について改めて考える

富士宮にある若獅子神社で帰還した戦車を見て戦争や平和について改めて考える

静岡県富士宮市には若獅子神社というところがあります。

陸軍少年戦車兵学校跡地に戦没同窓生の慰霊・顕彰のために創建された神社です。

サイパンから帰還した戦車が展示されていて、当時の生々しい傷跡を見学する事ができます。

若獅子神社とは

富士宮にある若獅子神社

1942年、昭和42年に陸軍少年戦車兵学校が富士宮に作られました。

30万坪というかなり広い敷地に学校があり、朝霧高原一帯が演習場だったようです。

30万坪ってどのくらいか調べてみたら、東京ドーム21個分らしいです。

元陸軍少年戦車兵学校構内図

終戦により学校は閉校。

1965年、昭和40年に陸軍少年戦車兵学校の跡地に戦没同窓生の慰霊・顕彰のため若獅子の塔を建立。

1984年、昭和59年に若獅子神社を創建しました。

学校では10代の少年たち約2,400名が訓練し、約600名が命を落としました。

若獅子神社の駐車場

若獅子神社の駐車場は神社の正面にあります。

10数台くらいは駐車できると思います。

普段は静かなところなので、駐車スペースの心配をする必要はないと思われます。

西側、東側の道路どちらかでも入る事ができますよ。

案内看板があるから迷わない

若獅子神社案内看板

若獅子神社の入り口には看板があります。

ここから入れば若獅子神社です。

反対側の道路にも案内看板が出ているので安心ですね。

若獅子神入口

入り口には当時の面影が残っています。

元陸軍少年戦車兵学校の門

「陸軍少年戦車兵学校」と書かれたこの門も当時のままなんでしょうね。

若獅子神社

富士宮にある若獅子神社

若獅子神社の正面です。

私たち以外にはお掃除している人が1人いらっしゃいました。

若獅子神社の由来・起源・称号

若獅子神社の由来・起源・称号

神社の由来

若獅子神社は、先の大東亜戦争において若獅子の名のもとに勇戦奮闘悠久の大義に殉じた陸軍少年戦車兵の教官・生徒六百有余の御霊を御祭神として永久祭祀の途を拓くため昭和59年10月神社を創建しました。

今、英霊は、この地に還り守護神として我が国の平和と弥栄を希い、氏子崇敬者の平和と繁栄をひたすらお守りしておられます。特に御祭神は、交通安全・学業成就・産業新興の神様として特別の御神徳をそなえておられます。

神社の起源

昭和40年12月、学校跡のこの地に戦没同窓生の慰霊・顕彰のため、若獅子の塔を建立したのを起源とし、以来毎年慰霊祭を執り行い、英霊の奉慰・奉顕に務め、建塔20年を期に富士山本宮浅間大社・靖国神社の御教導により、永久平和への祈りをこめ神社造営を発起顕彰会々員729名の奉賛によって若獅子神社が創建されました。

神社の称号

若き情熱に燃え、純真一途に国難に赴き、勇猛果敢な活躍を遂げた少年戦車兵の愛称であった「若獅子」を神社の称号といたしました。

若獅子の塔

若獅子の塔

真っ直ぐ伸びる塔は、国のために殉じた若獅子の魂が天に連なる姿。

神像は初陣に赴く気魄を現したもの。

若獅子の塔2

帰還戦車

若獅子神社帰還戦車

サイパンで実際に使用された九七式中戦車(チハ車)が展示されています。

弾痕から戦地の激しさが伝わってきますね。

どんな気持ちで乗っていたのでしょうか。

2両帰還したそうですが、もう1両は靖国神社の方に展示されているようです。

戦車はかなり劣化しているので、破損する可能性が高いです。

乗ったり触ったりしないようにしましょう。

観光名所から近い

陸軍少年戦車兵学校の碑

若獅子神社から西に行けば「白糸の滝」、北に行けば「まかいの牧場」や「ミルクランド」「道の駅朝霧高原」、富士宮の町中に行けば「富士宮浅間神社」や「お宮横丁」で富士宮焼きそばなどのグルメが楽しめます。

観光名所から近い場所にあるので、是非立ち寄ってもらって改めて戦争や平和について考えてみてはいかがでしょう。